リサーチ115

リサーチ115 > 葛根廟事件

葛根廟事件の基礎知識

葛根廟事件とは?
葛根廟事件(かっこんびょうじけん)とは、1945年(昭和二十年)8月14日、満州国(中国東北部)の葛根廟において非武装の日本人避難民約1000人がソビエト連邦 ソ連軍によって虐殺された事件である。
1945年(昭和20年)8月9日未明、ソビエト連邦 ソ連は日ソ中立条約を破棄し日本に宣戦を布告。満州国(中国東北部)、朝鮮半島、樺太(サハリン)などに侵攻を開始。
8月10日、11日満州国の首都新京(長春)北西部の都市興安を爆撃、興安の都市機能をほぼ破壊した。11日午後4時、興安在住の日本人約千数百人が近郊のウラハタに集結、興安総省参事官浅野良三の指揮の下、行動隊が組織された。

葛根廟事件関連商品

多数のネットショップから葛根廟事件関連の商品を探して一覧表示しています。

コルチン平原を血に染めて―少年が目撃した葛根廟事件
私が見た地獄の惨劇。終戦前夜、日本人避難民千数百人が虐殺された“葛根廟事件”。奇跡の生還をとげた少年がつづった迫真の目撃手記。...
コルチン平原を血に染めて—少年が目撃した葛根廟事件
著:大嶋宏生/出版社:葦書房 (有)/発売日:2000年08月/ページ・サイズ:...
炎昼―私説葛根廟事件
ASIN:4289002587...
コルチン平原を血に染めて―少年の目撃した葛根廟事件
ASIN:4751207806...
母よ、友よ広野で眠れ―葛根廟事件の真相
ASIN:481751163X...
満州鎮魂 引き揚げからみる戦中・戦後 / 梁禮先 〔単行本〕
freeship 発売日:2001年01月28日 / ジャンル:社会・政治 / フォーマット:単行本 / 出版社:インパクト出版会 / 発売国:日本 / ISBN:9784755401053 / アーティストキーワード:梁禮先 / タイトルキーワード:マンシュウチンコン内容詳細:目次:1 満州へと旅立つ/ 2 少年時代/ 3 父親蓮井一雄と善隣協会/ 4 引き揚げと避難生活/ 5 「興蒙対策」—...
コルチン平原を血に染めて
著者名:大嶋 宏生 著 内容説明:終戦前夜、日本人避難民千数百人が虐殺された「葛根廟事件」。奇跡の生還をとげた少年がつづった迫真の目撃手記。地獄の惨劇、戦争の過酷さを偽りなく伝える。【「TRC MARC」の商品解説】...
蒼空と草原
著者名:大櫛 戊辰 著 内容説明:我が子をも殺さざるを得なかった生き地獄の葛根廟事件。日本人避難民千数百名の生命を奪い、「大地の子」を生んだ激烈な体験を明かす鎮魂の巡礼記。【「TRC MARC」の商品解説】...

疑問・質問・口コミ

ヤフー知恵袋から「葛根廟事件」に関する疑問・質問・口コミ情報をピックアップ。プチ情報があるかも!?

質問
葛根廟事件について、現在のロシアから謝罪はあったのか。教えてください。1993年ロシアのエリツィンはシベリア抑留については日本に謝罪したが。参考8月14日午前11時40分頃、行動隊が葛根廟丘陵付近まで到達したところで、ソ連軍中型戦車14両とトラック20台に搭乗した歩兵部隊に遭遇したため、浅野参事官は白旗を掲げたが、機関銃で射殺された。ソ連軍は丘の上から行動隊に対し攻撃を開始し、戦車が機関銃で攻撃を加えながら、避難民を轢き殺していった。戦車の後方からは、ひき殺された人々がキャタピラに巻き込まれ宙に舞いだしたという。ソ連軍戦車は攻撃をある程度続けると、丘に引き返し、何度も避難民めがけて突入しながら攻撃を繰り返した。戦車による襲撃が止むとトラックから降りたソ連兵が生存者を見つけ次第次々と射殺し、銃剣で止めを刺していった。2時間余りの間に非武装の女性、子供を主体とした1,000人以上が殺害され、生存者は百数十名にすぎないとされている。殺害を免れた者も戦車に轢かれたり、被弾して負傷したものや、家族が殺害されたものがほとんどであり、大勢が自決した。犠牲者のうちの200名近くの児童は、興安街在満国民学校の児童であった。生存者に対する襲撃も執拗を極めた。生存者は、暴民によって、身につけている下着にいたるまで身ぐるみ全てを剥がされるなどした。また、暴民から逃れようとして川で溺死した者もいた。ある女性はソビエト兵に子供を殺され、続いて襲ってきた暴民に衣服を全てはぎ取られた上に鎌で乳房を切り落とされている。暴民たちは、生き残った母子を見つけると母親を棒で殴りつけ、子供を奪っていった。親を殺された子供達は、生き残った大人のもとに集まっていたが、暴民たちはその子供たちをも同様に奪っていった。当時は日本人の男児は300円、女児は500円で売買されるのが一般的であった。8月15日の終戦後も、避難民に対する襲撃は続いた。事件後に10人余りの婦女子の一団に加わった12才の少女の証言によると、少女が加わった女性たちの一団は、暴民に襲われて衣服を奪い取られ暴行を受けるなどしながら、一週間余りをかけて葛根廟駅から10キロのところにある鎮西駅にたどりついた。女性たちは駅から少し離れたところにある畑の空き家に身を寄せることにしたが、夜になるとソビエト兵に発見され、深夜まで暴行が行われた。暴行が終わるとソビエト兵たちは屋外に積まれてあった枯れ草他の

ベストアンサー
私が知る限り、この件についてロシアが謝罪したなどという話は聞いた事がありません。http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%e8%91%9b%e6%a0%b9%e5%bb%9f%e4%ba%8b%e4%bb%b6?from=ymb_serちなみにロシアは旧ソ連の行った「戦争犯罪」については基本的に「国家としての」謝罪はしていないはずです。(エリツィン大統領個人としての謝罪は別の話です)シベリア抑留、あるいは捕虜の虐殺などについても(我が国のみならず、ドイツに対しても)、国際法違反という話は出ていません。これは当時のソ連がハーグ陸戦条約に批准していなかったからです。「戦争犯罪」という概念自体も、1945年に国際軍事裁判条例で定められたもので、それ以前については分かりやすく言うなら、単なる「国際法違反」です。http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%e6%88%a6%e4%ba%89%e7%8a%af%e7%bd%aa?from=ymb_ser一人の日本人として、当時のソ連の仕打ちには憤りを感じますが、当のロシアは国家としての謝罪はしないし、するわけにもいかないでしょう。なぜなら、賠償責任、領土問題などの様々な案件を「国際条約」により、クリアにする必要が生じるからです。ちなみに、下記の案件も未解決のままです。http://jig112.mobile.ogk.yahoo.co.jp/fweb/0327c03rcgbbibMd/p?_jig_=http%3A%2F%2Fwww7a.biglobe.ne.jp%2F%7Emhvpip%2FStalin.html&_jig_keyword_=%8A%8B%8D%AA%95_%8E%96%8C%8F%20%DB%BC%B1%20%8E%D3%8D%DF&_jig_xargs_=R&ySiD=YwV0T2Y8VrcZLYIG4AF2&guid=ONところでネット右翼的には「葛根廟事件」は証拠がないため無罪になるとの事ですが、どういう意味でしょうか?何やら「南京事件」の例をあげて説明されている方がいらっしゃいますが、私自身は、質問者様もご存知のように「南京事件」の否定などはしておりません。しかし私は、その方からネット右翼の認定はいただいています。意味不明ですね(笑)。

質問
戦時中などの虐殺について気になることがあります。 日本軍が虐殺をした南京事件やナチスがしたユダヤ人のホロコーストなどは有名ですが、ソ連軍による日本人の葛根廟事件やユダヤ人によるカナンの虐殺などがあまり知られていないのは何故でしょうか? ちなみに日本人が虐殺をされていた事実があるとして現ロシアを憎いなどという感情は持ちますか? Wikipediaを見ていて詳しく記載されていなかったので気になってしまい質問させていただきました。

ベストアンサー
日本もドイツも第二次世界大戦の敗戦国です。ありもしない罪を着せられることが敗戦国の定めであり、戦勝国は何も罪を問われないのが戦勝国の特権です。日本人は広島長崎でもシベリア抑留でもたくさんのいわれない虐殺を受けました。敗戦国としての宿命と納得できますか?敗戦国の批判をし、戦勝国の戦争犯罪を全く取り上げないの人たちは、強い者に媚び、弱い者に過酷な最低の人間です。かれらは日教組や民団、朝鮮総連などの敗戦利得者であるといえるでしょう。マルコポーロという雑誌が1995年に廃刊になりました。『ナチ「ガス室」はなかった』という「ホロコーストは捏造」という特集を組んだところ、アメリカのユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センターからの強い抗議、さらに広告主の広告引き上げの動きを受けたのです。まぎれもなくホロコーストに関する「言論の自由」が存在しない証拠です。フランスのTV番組にて http://www.youtube.com/watch?v=eIcK5O8v8ZAイラン大統領へのインタビュー http://www.youtube.com/watch?v=ks28bd0aR78イスラエルなどはまさに敗戦利得国家ですね。南京大虐殺を否定する言論は許容されていることは、ユダヤ人ホロコーストに関する言論弾圧と比べれば幸いですね。”南京大虐殺”について北村稔立命館大教授『一般市民を対象とした虐殺はなかったとの結論に達する』事実は、『一般市民を対象とした虐殺』は立証されていないのです。南京事件とは具体的に何か、肯定派に問いただしたことがありますが、いろいろ言い訳を並べられてもしつこくたずねたら「日中共同研究」だと言いのこして逃げられました。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1178548606肯定派の理論はこの程度です。南京虐殺肯定派の根拠は政治的妥協の産物だったのです。日中共同研究の南京大虐殺についての結論は「諸説ある」となっているのです。外務省の見解はあくまで政治的なものです。余り争いたくないのです。戦闘員と非戦闘員を区別せずに「あった」と言うのもそういう理由からです。本来政治で取り上げることではないのです。すでに解決していることなのですから。最終的には我々一人一人が判断しなくてはいけません。1937年の南京について、事実は以下の通りです。動画)南京安全区の一般市民に良民証を発行している様子http://www.youtube.com/watch?v=ID8wxiluml8動画)南京陥落から半月後のお正月の風景http://www.youtube.com/watch?v=mLME_hW0CCg”南京大虐殺”に関する重要かつ不可欠な13のポイントhttp://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n12499 <-是非読んでください南京陥落後に撮影された風景http://www.history.gr.jp/~nanking/fukei.html私は当時の南京で日本軍による虐殺が一件も無かったとは言わないが、日本軍による組織的な民間人大量虐殺は無かったと思っている。しかし何らかの新事実が出てくればこの認識が変わることもあり得る。”南京大虐殺”に関する私の認識は、『ラーベが日本軍に報告した49人が日本軍による民間人殺害の上限・最大数で、この49人を精査すれば大幅に下回ることもありうる。』です。49人というのは当時の日本側に伝えられた被害数であり、その当時日本側も調査・反論できた被害だったからです。中国側戦闘員の死者については唐生智が降伏すれば救われたのですから、中国側が日本側を責めるのはおかしな話です。”南京大虐殺”肯定派への反論 『日本側は無罪』http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n10585【写真】戦火収まれば壊れた馬車も子供達の楽しい遊び場だ(南京住宅街にて12月20日 佐藤振壽、毎日新聞カメラマン撮影)

このページはWebサービスを利用して作成されています。詳しくは以下のページをご覧ください。

リサーチ115とは?


since 2010/05/13 Copyright (C) 115. All Rights Reserved